カテゴリー別アーカイブ: N 自分自身の動機づけ策の確立

240913_意思の上 3年続けて 習慣に

「健康は 毎日の積み重ね 歩む道」
「朝日浴び セロトニンと共に 歩む道」

人生後半、健康維持が気になるところです。
私は65歳の誕生日を過ぎたころから体力の衰えを感じてきました。
それまでは毎朝5~10km程度ジョギングしていましたが、腰痛もあり今は10,000歩/日のウォーキング、食後のストレッチ(初動負荷トレーニング)、週一の加圧トレーニング、3-4ラウンド/月のゴルフを習慣化しています。
それ以外の習慣も毎朝の風呂掃除、朝食づくり(キャベツ、トマト、納豆は必需品)、コーヒー淹れなどは習慣化しました。それでも、日々の行動の中で「これが老いなのか?」と気づくことも多々あります。
65歳を過ぎるとセロトニン分泌が減って(あきらめの感情を持ちやすくなる)幸福感がなくなり5%程度うつ病を発症ると言われています。
「もう誰にも必要とされていない」「オレなんてもうどうでもいいや」と投げやりになったり、不幸をかぞえたりするようになるそうです。
このような思考に陥ると老人性うつを発症しやすくなります。
私の知人も老人性鬱を発症ししばらく治療をしていましたが、昨年、自死してしまいました。
セロトニンはお天道様と仲良しになることで維持されます。朝は日が昇ると同時に起床して、5分、10分でもよいので毎日散歩を続けてください。
大村崑は58歳の時、大腸がんを経験しその後も次第に衰えていく身体に否応なしに”老い”を感じていたそうです。その後も大病を患いましたが、石の上にも3年ならぬ、筋トレの上にも3年「できなかったことができるようになったことがうれしい」と93歳になった今でも筋トレを継続しているそうです。
元気に活動されている方の生活習慣をうかがうと、良く体を動かしています。
また、食事や休息、運動、就寝時間が決まっています。
この頃、よく妻とトレッキングを目的にしたツアーに参加しています。
山道の上り下りに苦労されている同年代、諸先輩の方々とご一緒します。
気づきも多く、とても参考になります。大病は誰もが避けられずいつ来るかわかりませんが、老いは誰にもやってきます。ただし、老化スピードは自分自身でコントロールできます。そのコントロール方法は食事や休息、運動、就寝時間の習慣化だと思います。

知恵積もり やる気の出し方 再検討

この2年間ほど、年甲斐もなくIoT設計・開発の仕事をしています。個人作業が多いので、パーソナルPMについて改めて気づいた大事なことが色々あります。

その一つは、何事にも楽しく向き合うという習慣の重要性です。構想を作る際、固定観念に囚われたり過去の方法に固執したりすると、楽しく向き合うのは難しいことに気づきます。そして楽しんで取り組めない場合は、良い発想があまり生まれません。そのことは仕事だけでなく、例えば身の回りに勃発した事象への処し方にも類似性があるのに気づきました。

この記事ではそういう事に最も関連する、パーソナルPMでの「やる気の出し方10選」を採り上げたいと思います。

「やる気の出し方10選」の経緯:

パーソナルPM研究会では2009~2010年にかけて、皆で「やる気の出し方」を追究しました。個人がやる気をなくしたというメンバー自身の経験など、88件の事例を集め、類似性により24のカテゴリーにまとめました。いっぽう、やる気を出す方法は多数の関連書籍とWebから大量に集め、全体を22に分類しました。両方を縦横にした24x22のマトリクスについて、マス目毎にやる気を出す方法がどの程度効くのかを評価し、メンバーで点数付けをしました。

評価ではハーズバーグの二要因論(やる気をなくす要因とやる気を出す要因は違う)を考慮し、やる気喪失を防ぎながらやる気を出す方法を重視して評価をしました。検討結果の上位10個の方法」を「やる気の出し方10選」として抽出したものが、パーソナルPMフレームワークの活動N:「自分自身への動機づけ策の確立」の知恵の中に収容されています。

だんだんと積もる知恵:

それから10数年経ち、少し直したい箇所が生じています。当時から、これとは別に活動O:「やる気喪失への予防と対応策の確立」を別途掲げていますが、研究会ではこれまで、やる気喪失は単に予防するだけで片付くような領域ではないとの認識がされてきています。そして昨年、新たに活動Z:「苦境からの立ち直り」がフレームワーク内に定義されました。実はその途端、メンバーからその知恵に関するLLがたくさん出てきたのです(^^;

また、やる気の出し方については新たなメンバーによる有益かつ新鮮な気づきも挙げられています。つまり新たな知恵がだんだん積もってきているわけで、それらも踏まえた上で、最新の「やる気の出し方10選」へ更新する価値がありそうです。

「やる気の出し方10選」を決める手段の進歩:

世の中の繁忙感は年々増し、当時のように参加者全員での十分に時間をかけた議論は難しいかもしれません。ですが、今では生成AIなどの助けも借りられます。

これまでの10項目について、やる気を出す他の項目との入れ替えはとりあえずせずに、試しに10選を並べ直してみます。まずは10の各項目について、背景の説明も生成AIに入力しておき、語句自体を吟味すると次の改善ができることがわかりました。

「人に宣言」は「他人に約束」の方が意味が分かり易い。

「とにかく行動」は専門的な見地からは「とにかく着手」がベター。

「他人のためにやる」は本来「相手のためにやる」ということ(そしてその相手は人とは限らない点も示す配慮がいる)。

さらに、これらの更新した語句による10選のの順番を検討すると、生成AIからは次の答えが戻ってきます。

「他人に約束」の順序が下位に転落したことに疑問を感じ、AIに聞くと「義務感が生じるために最終的には逆にやる気をなくす要因ともなる」という答えでした。な~るほどと納得できそうです。

これを糸口に、今後は選外だった項目との入れ替えも視野に、新しい手段を駆使しながら、さらなる更新へメンバーの皆様と向かっていきたいと思います。

 

©2023 Akira Tominaga, All rights reserved.

画像

金魚から 仕事を楽しむ コツ学ぶ

かつて私は2匹の金魚を10数年間飼っていました。金魚が人になつくと思う人は少ないでしょうが、飼い主の私にとてもなつきました。息子たちが金魚すくいをした和金ですが、面倒をみなくなったので私が世話を始めたと思います。1匹は灰色の鮒尾のオス、もう1匹は白に赤がきれいなメスでエラの一部が欠けていました。
金魚は水温変化に弱いですし、水道水を使う時はカルキを抜かないといけません。水槽を清掃するのにも結構な時間がかかります。金魚の飼い方に詳しくはありませんが、仕事が忙しいため水交換を短時間で行う工夫を色々しました。結局、大きめの同じ水槽を2つ揃え、両方に常に水を張り同じ水温に保つことで、いつでも清潔な水槽に交換できる態勢にしました。予備水槽は使用水槽に近い場所に1週間程度置くので、水道水をハイポで中和したりする必要もなくなりました。
2匹は次第に飼い主に慣れ、水槽間を移す際に手ですくっても大人しく従うようになりました。少しでも水カビなどの異常を発見したら、声をかけつつガーゼに寝かせ、綿棒で清掃し薬をつけて治しました。そのうちに飼い主にだけ特別な反応をするようになりました。仕事で深夜に帰宅しても、金魚は気づいて起きて来ては尻尾を振り、体中で嬉しそうな身振りをするのです。深夜には餌など決してあげないのですが。遠くから手を振ればいつでも反応します。しかし他の人が色々やっても何も反応しないのです。
ある夜、遅くまでお酒を飲み合った同僚がわが家に泊り、金魚のその様子をみてびっくりしました。しばらくしてメスは卵を産みました。実はそれでオスとメスの区別がはっきりわかったのですが。たくさんの卵を、記憶が正しければ1日以上そのままにしたところ、多分オスが犯人ですが全部食べてしまい残念なことをしました。ともあれ飼主に特別になついたので、ますますかわいがり丁寧に世話をしました。

金魚が12歳あたりからだったでしょうか、オスは時々居眠りをしていました。餌をもって近づくとメスはまずオスをつついて起こしてくれるのでした。そして、仲の良い2匹は14年ぐらい生きました。
金魚を飼って気づかされたことが色々ありました。その一つが、相手の立場の「相手」とは人間だけではないということです(植物でも成り立つ)。そしてごく最近ですが、尾関宗園氏の「心配するな、なんとかなる」という本に、目から鱗が落ちました。「相手の立場」の相手とは、鉱物だろうと数学などの抽象的概念だろうと、相手であると考えるだけで作業が楽しくなるというのです。
勝手に解釈すれば、相手と考えることで、心をこめて丁寧な扱いができるとの説話です。それがその本の「はじめに」の2ページ目に出ます。考えてみれば、実はこれを読んだからもう忘れかけていた金魚のことを思い出したのでした。つまり何事も「相手」であると考えることによって、たとえ嫌な作業でも楽しんで行うことができるというわけです。よく考えると色々なことに当てはまるので、その通りだなと気づいた次第でした。
回りくどい話で失礼しました。

 

©2023 Akira Tominaga, All rights reserved.

マルチステージの時代に

寿命の伸びは世界各国で顕著です。この60年ほどを見れば次のグラフのようになっています。日本では1947年から詳しい統計がとられていますし、欧州各国では19世紀半ば、または1920年代から作成されてきたのに驚きます。公開されている“Human mortality database”に蓄積された38か国のデータの中で、上昇傾向以外の複雑な動きはロシアだけで他に例外はみあたりません。(図が見づらい時はクリックしてご覧ください。)

例えば2007年に生まれた人の平均寿命は軽く100歳を超えるとの予測がされています(注1)。ところが先進国の人口ピラミッドは次のような形で、高齢者をささえる若年層が不足しています。改善の努力が先進国で行なわれてきましたが、ご承知のとおり日本は先細りが直っていません。ここに示しませんが、例えばインドやマレーシアでは各国の寺院の屋根のような形、アフリカ諸国では下辺の広いピラミッドです。(図が見づらい時はクリックしてご覧ください。)

若年層が少ないと平均寿命に影響するのかちょっと気になりますし、イスラエルの人口構成がきちんとしているのにも驚きます。少し脱線しますが、疑問を解くため年齢別の死亡率を調べたところ、高齢層と若年層では桁違いの差があり平均寿命に殆ど影響しないことが分りましたので更新しておきます。下の図は日本とイスラエルの比較です。

要するに平均寿命は純粋に伸びています(米英等で最近になって横ばい気味なのが気にはなりますがきっと原因があるでしょう)。仕事時代より退職後が長くなっているでしょうし、それを支える長い「年金生活」という発想は成り立ちにくくなるでしょう。

人生が1)学び、2)勤め、3)隠居の3ステージから成るという過去の観念は捨てる必要があるでしょう。ステージが混じり繰返すような「マルチステージ」(注1)の人生が増えるというわけです。日本では15歳未満と65歳以上が被扶養層と定義されていますが、70歳、さらに80歳まで仕事をするのが常識となるかもしれませんし、年齢だけでの差別はなくしていくべきと思えます。

最近のパーソナルPMコミュニティの会合で、メンバーの徳永光彦さんがマルチステージを取り上げられたのに触発され、筆者を含め多くのメンバーが現代の人生におけるその重要性に改めてフォーカスしています。一人では気づきにくいことも皆と検討すると気づくことの典型でしょう。

若手メンバーの柳沢大高さんは、スキル修得に関する執拗な研究成果の一端を、一般向け書籍として書かれています。8月23日に発行されることになりました。マルチステージへ向けた「学び」へ正面から向き合うための格好の書となることを期待しています。

改めて身近な人たちを見回せば、マルチステージを実践している人は既にたくさん居るのに気づきます。皆様の周囲にもおられるでしょうし、考えてみれば筆者もその仲間です。それが続けられるためには健康が第一ですし、自分で考えるミッション(目的の構造化)、柔軟な思考や新しいことを受容れる姿勢などがますます大事になると思います。

パーソナルPMコミュニティでは2018年10月14日(日)の午後、「パーソナルPMシンポジウム2018」(参加無料)を都内で主催することとなりました(満席となりお申し込みを締め切らせて頂きました)。

PPM18A6

その中で徳永さんのマルチステージ実践に基づく発表も予定されています。投稿が長くなり過ぎるため、「パーソナルPMシンポジウム2018」については後ほど別投稿としてご案内したいと思います。パーソナルPMに少しでもご興味をお持ちになられたら、どなたでも気楽にご参加いただけるようお待ちしています(すでに満席となりお申し込みを締め切らせて頂きました)。

(注1)Lynda Gratton & Andrew Scott, The 100 year Life,2016. 池村千秋訳、ライフシフト、東洋経済新報社、2016.

©2018 Akira Tominaga. All rights reserved.

 

雑魚キャラのように闘う

30年ぶりに再開した柔道を、今も細々と続けている。道場以外にも、筋トレに通い、毎日、最寄りより遠い駅に自転車で通勤し、少しでも進歩しようと試みてはいるが、50歳のおじさんが急に強くなるわけもなく、大人の中で僕が一番弱いのは変わらない。

道場に最近、中学生が入門してきた。休まず、一所懸命に練習しているが、大人たちにはなかなか歯が立たない。ある日、道場の先生が僕を指して彼に「まずはこのおじさんを倒すのを目標にしなさい」と話していた。越えられるかもしれない目標を提示して、やる気を失わないように、という配慮であろう。それは分かる。

ただ、その時、僕の脳裏によぎったのは、「俺は雑魚キャラか…?」ということだった。「俺様を倒さなければ、あの方に相見えることはできん!」と大見得を切るものの、案の定、主人公にあっさりとやられてしまう、昔の漫画によく出てきた“最初の関門”的キャラである。知っている人しか知らないと思うが、「北斗の拳」のジャギや、「魁!男塾」の男爵ディーノとかが代表格であろう。当然、当時20代だった僕はそんな雑魚キャラに特別な注意を払うこともなく、あるいは嘲笑、冷笑し、ケンシロウや剣桃太郎といった主人公キャラに自分を重ねていたのであった。

話は変わるが、この歳になって柔道を再開し、気付いたのは「自分がいかに負けること、恥をかくことを恐れているか」ということだった。とにかく、投げられるのが怖くて嫌でたまらない。手加減されるのも許せない。結果、やられまいとして身体はガチガチになり、やられる回数は減るものの、そんなに固くなっていては満足に技もかけられない。

反面、新しく入ってきた中学生も、たくさんいる小学生たちも、嬉々として、自分よりはるかに強い大人たちに稽古をつけてもらっている。何回投げられようが、お構いなしに飛びかかり、技をかけ続けている。

その姿を見て、自分が柔道を始めた高校生の時を思った。自分も彼らと確かに同じで、やられてもやられても、自分より明らかに強い相手に立ち向かっていた。

社会人としての自分はどうだろうか?新人の時はどんな仕事でも、たとえ失敗する可能性が高い提案やプロジェクトであっても、必死になって取り組んだ。それが年月がたち、上司という立場になり、責任を負い、適当に世間ずれし、仕事も少しはできるようになって、失敗できなくなり、そして失敗する回数も減っていった。否、失敗する可能性があることに挑戦しなくなっただけなのかもしれない。

そう考えると、今まで歯牙にもかけなかった雑魚キャラのすごさが身に染みてきた。確実に勝てない相手に対して不敵なセリフをはき、立ち向かい、そしてやられる。可能性としては二つしかない。被我の実力差が分からないほど頭が悪いか、負ける可能性が高いことを知っても立ち向かう勇気があるかだ。漫画での描かれ方からは、前者の可能性が高いことが強く示唆されてはいるが、雑魚キャラとて闘う者のはしくれ、僕でさえ見た瞬間、組んだ瞬間に感じられる実力差が分からないはずはない。勝てると思って、勝つことを信じて闘う主人公より、負けると知ってなお闘う雑魚キャラの方が、本当は勇気があるのではないか。

柔道でも仕事でも、いい雑魚キャラになりたい。一回もやられたくないとガチガチに守るより、十回投げられてもいいが一回でも倒すという闘いをしたい。それができて初めて、「負けない代わりに勝ちもしない」毎日を乗り越えることができるのだろう。

けれども、たとえそうしたとしても、僕は2~3年後に高校生になった彼に投げられるだろうし、十回やられるだけで一回もやれないかもしれないし、それはもしかしたら柔道だけではなくて、仕事も人生もそうかもしれない。それでも雑魚キャラらしく、最後まで不敵なセリフをはき続けていたいと思った。

 

© 2016 Masao Kawasaki, All rights reserved.

自分自身に対する褒美の工夫でやる気UP

組織のプロジェクトに関して、携帯電話の新製品開発を例にあげてみます。開発が計画どおり進み製品を出荷し販売も好調になれば、プロジェクトに携わってきたメンバーは、お客さんや会社の経営層から褒めていただき、表彰され、給与のアップといったことが期待できます。それに対して個人のプロジェクトの場合は、外からの報酬は期待できないのですが、資格取得や個人旅行、ダイエット等の目標を達成したこと自体が自信となり、そのことが自分に対する褒美ではないかと思われます。

シャーロックホームズの冒険ドラマ「まだらの紐」の冒頭場面で、女性がシャーロックホームズに、困った表情で調査の依頼に来た時に、今はお金がないが、結婚したら独立してお金が入り、そのときお礼するというシーンがあります。その時シャーロックホームズは、報酬は自分の仕事そのものと言い切っています。このようなお金以外の褒美こそ、個人のプロジェクトを遂行する原動力となり、その点に着目することが重要です。

お金以外で、やる気アップに結び付くものはどんなものがあるでしょうか? 自身の例ですが、仕事や趣味、資格取得などの目標を達成することで、達成感を味わうことです。仕事など何かすることが、自身のキャリア開発に役立つといったこともやる気アップに繋がります。他に考えられることは自分の成長につながると意識できることもそうです。また仕事を通じて、まわりの人やお客さんから喜んで頂き、評価された時も、他人に役立ったという充実感が味わえます。

組織の中で仕事を任される場合、組織の目標があり、その中に個人の目標があります。個人にとっても、仕事の関する目標と仕事以外の目標があります。ふたつの目標が、それぞれ異なれば、仕事と仕事以外で、ふたつの目標を追いかけなければなりません。もし、ふたつの目標を工夫してひとつにできれば、やる気もがぜん変わってきます。組織における個人の目標と個人のキャリア開発の目的や目標の重なりを多くし、的を絞った目標設定を行うことで、常に頭の中で目標を意識することができるからです。このような心の面の褒美に着目することが大切ではないでしょうか。

© 2015Mitsuhiko Tokunaga, All rights reserved.

禁煙プロジェクト -気持ちいいから続けられる-

タバコを吸わない方にはなかなかお分かりにならないと思いますが、多くの喫煙者は今、以下のような葛藤の中で暮らしていると思います(私もそうでした)。

(喫煙しながら)「値上がりしたし、今後も値段は上がる一方だし、小遣いきついなぁ・・・」

「最近は吸わない人の方が多いから、外で吸える場所を探すのも大変だし、飲みに行っても肩身が狭いんだよなぁ・・・」

「健康にも悪いと言われてるし、ベランダで吸ってても妻や子どもから『ベランダがタバコ臭い』と怒られるし、いっそ禁煙しようかなぁ・・・」

「いや・・・待てよ・・・タバコなくして、俺は毎日のストレス、あんなことやこんなことに果たして耐えられるのか?」

「まぁ、タバコは、一人でいたくなった時に『一本吸ってくる』と言うための小道具でもあるし、喫煙所でのコミュニケーションも意味あるし、悪いことばかりじゃないよな・・・」

「喫煙して病気になるかどうかは時の運だしな。俺は病気にならないかもしれないし・・・そうだ!だいたい、妻も子どもも“臭い”とかじゃなくて、俺の健康を心配すべきなんだ!」

「色々と考えてたら疲れたわ・・・もう一本吸おう」(→最初に戻る)

そして、この葛藤で“禁煙しよう”という気持ちが勝利することが稀にあり、その時、人は禁煙に挑戦するのでしょう。自分も例外ではないのですが、私の場合、その挑戦にことごとく失敗してきました。

1.最初の失敗:ニコチンガムとニコチンパッチ(だけ)

俗に言う“ニコチン置換療法”です。何もないよりましなのですが、どうしても喫煙と同じレベルでの満足感が味わえない・・・調べてみると「喫煙は静脈注射並みのスピード、約7秒でニコチンを脳に届ける」とのこと。消化器経由や皮膚経由では効きが遅すぎ、かつピーク値も低いからであろうと納得するも、後はひたすら我慢の日々。その内、仕事の能率にも支障が出始め、“禁煙うつ”的な状態に陥り、「一本だけなら・・・」とタバコを手に取ったら、あっという間に元通りの喫煙者になりました・・・

2.二回目の失敗:禁煙補助薬(だけ)

禁煙補助薬としてチャンピックスが保険適用になったと聞いて、「これで私もタバコを止めれるかも」と“お医者さんと禁煙”し始めました。確かにこの薬はすごいのです・・・薬さえ飲んでいたら、タバコを吸わなくても、ほとんどニコチンへの渇望を感じません。

無事に3ヶ月間の服用期間を終え、お医者さんから「禁煙成功しましたね!」と言われてからが本当のヤマでした・・・タバコを吸う代わりに間食してしまうのです。体重は見る見る内に増えて肥満になり、健康診断の数値も禁煙前より悪化し、タバコの代わりにお菓子を買ってしまうので小遣いにも余裕ができず、「何のために禁煙したんだろ、俺・・・」という気持ちが強くなっていきました。そして非常にストレスフルな出来事があったある日、「一本だけなら・・・」とタバコを手に取ると、再度、喫煙者に逆戻りでした・・・

3.三度目の正直:禁煙補助薬+習慣の入れ替え

「禁煙成功したのね!」と喜んでいた妻や子どもから“意志が弱い人”という冷たい視線を浴び、「また失敗したら恥ずかしすぎる」と、三度目の挑戦に対してはかなりの及び腰でした。二度目の失敗から3年間に渡って吸い続けた後、葛藤の中で再度“禁煙”が勝利することがあり、三度目の挑戦をすることにしました。但し今回は、ニコチンガムやニコチンパッチ、禁煙補助薬に頼り切るようなことはせず、“タバコがなぜ止めにくいのか”敵のことを研究した上で、パーソナルプロジェクトらしく実践することにしました。

調べてみると喫煙習慣は、βエンドルフィンやドーパミン、セロトニンといった、多幸感や達成感、安心感を司る脳内ホルモンが“ニコチンによって過剰に分泌される”中毒症状であることが分かりました。そして、そういった脳内ホルモンは禁煙補助薬でも食事でも分泌されるので、二回目の失敗において、私自身は意識できていませんでしたが、

「イライラする→タバコを吸う→脳内ホルモンが分泌される→スッキリする」

→「禁煙補助薬を飲む→脳内ホルモンが分泌される→そもそもイライラしない」

→「イライラする→間食する→脳内ホルモンが分泌される→スッキリする」

という当然の経過を辿っていたことに気付きました。

他方、一回目の失敗では、ニコチンガムやニコチンパッチで緩和されてはいたものの、

「イライラする→タバコを吸う→脳内ホルモンが分泌される→スッキリする」

→「イライラする→タバコを吸えない→脳内ホルモンが分泌されない→スッキリしない」

という、これまた当然の我慢をしていたのです。

この解決策として、友人が紹介してくれた「習慣の力」という本がとても役に立ちました。この本には、「無意識下で回っている『きっかけ→習慣→報酬』のサイクルにおいて、あるきっかけをトリガーに報酬を求めること自体は変えられないが、習慣だけを入れ替えることによって、このサイクルが人生にもたらす影響を変えることができる」といった主旨のことが書かれていました。また、別の文献を調べると、運動することによっても同種の脳内ホルモンが分泌されることが分かりました。

そこで今回は、フェーズ1として、禁煙補助薬を服用してまずは喫煙習慣だけ止めた後、

「イライラする→間食する→脳内ホルモンが分泌される→スッキリする」

⇒肥満&不健康&浪費

ではなく、フェーズ2として、

「運動する→脳内ホルモンが分泌される→そもそもイライラしない」

⇒筋肉質&健康&貯金

を目指して、ランニングと筋トレの日課を設定、その実績をモニタリングすることにしました。

4.気持ちいいから続けられる

開始から一年近くが経ちましたが、今も全くストレスなく禁煙を続けることができています。それだけではなく、喫煙者であった時にタバコを渇望していたように、今では運動を渇望するようになりました。最近は、ランニングと筋トレだけでは飽き足らず、自転車通勤も始めています。タバコを止めたいから、健康にいいから、無理に自分を鼓舞して運動しているわけでも何でもなく、ただ気持ちいいから運動して、結果、タバコを吸いたいという気にさえならない、という変化が起きています。“脳内ホルモン分泌による快感への欲求”を充足させるための手段の違いだけであるにも関わらず、その手段の違いが自分の生活に与える影響の違いには非常に大きいものがあります。

この経験を通じて、「物事を成し遂げるために、我慢して、自分を律して、何かをする」ことよりも、「意図して自分の習慣をデザインし、プロセス自体気持ちいいから継続できて、結果として物事が達成される」ことの方が、成功する確率が高いのではないかと考えるようになりました。

たまたま禁煙をテーマに書いてきましたが、「プロセス自体を楽しめるかが重要」という点では、他の私事であっても、そして仕事であっても、変わりはないようにも思えます。喫煙者で「禁煙したい」と思っている方だけではなく、非喫煙者の方にも役立てていただけるとしたら、この拙文を書いた者として幸せに思います。

© 2015 Masao Kawasaki, All rights reserved.

運動部で学んだこと

 自身が物事に取組む姿勢を学んだのは、大学で所属したスキークラブにあると思っています。当時すでに創立35年を超えていたそのクラブでは何事にも真剣に取り組む姿勢が文化として確立されていました。オフシーズンは陸上トレーニングを十分に行い、大会に向けて冬は1か月に及ぶ長期合宿を行います。合宿では上級生の指導のもと、朝から夕方まで毎日練習に励みます。上下関係がしっかりしており、食事の準備や洗濯は下級生が行います。下級生は先輩を起こし早朝から全員で体操をします。下級生は部員を喜ばせるため、様々なコスチュームでスキーをしたり毎晩芸を披露したり、合宿を盛り上げることも求められます。ここでは書けない類のイベントも色々とありました。今の時代にはそぐわない部分もあるかもしれませんが、メンバーの結束は今でも固く、物事に取り組む姿勢を学んだ一番の良い経験でした。

 仕事も遊びも真面目に取り組む姿勢は今も大切にしています。能動的な姿勢で物事にあたることは、自分自身にとって気持ちの良いものです。仕事もプライベートも予定の多い状態のほうが充実した気分を味わえます。受身の姿勢よりまずは積極的に何でもやってみる姿勢のほうが、お客様からも仲間からも良い印象を持たれることが多いです。意外なことですが忙しくて大変な時ほど、同時に複数の成果が上げることが多い気がします。これまでの自身の経験からも、自分から能動的に動くことでチャンスが回ってくるものと思っています。

 大学卒業後、スキークラブの仲間達とは毎年夏に1泊2日の旅行をしています。海で子供達と遊んだり、バーベキューや花火をしたりすることは、1年を通じて最も楽しみなイベントの1つになっています。この集まりは彼是10数年も続いており、これからも続いていくことでしょう。