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寝る前の 英語のテープ 子守歌

高校時代に、何がきっかけか忘れましたが英語のヒアリングを無性に勉強したくなりました。当時の教材は主に高価なレコード(!)で、貧乏学生にはネイティブ英語を聞く術は乏しかったものです。教育番組を定時に聞くのは効率が悪いし、極東放送(当時FEN)は音楽番組が多く、短い早口のニュースは初心者には今一つでした。

そんな時、中学生だった妹がたまたまイギリスのペンパルと文通を始めていて、返事を書くのに苦労しているのに気づきました。そこで兄が時々割り込み、返事を書かせてもらうことにしました。

そのうちにいいアイデアが湧いてきました。当時出た一番安いナショナル小型テープレコーダーを、苦労して貯めた小遣い全部をはたき、やっと手にいれました。そして小さなリールに録音したものを、思い切って手紙に添えて先方に送ってみたのです。中身には「もっと英語の勉強をしたい。いくつか文章を送るので読んでテープに入れてくれませんか?」と録音して。

兄妹のへんな英語を相手は却って面白がったようです。返信をテープで送ってきました。「もちろんOK。文章送ってください。」それは助かるなあ! まずは参考書「英作文の修行」(兄のおさがりでした)の例文を数十個送りました。返信で全部読み上げて送ってくれました。やったぞ!とても有難いテープです。寝る前に繰り返して聞いた結果、全部丸暗記してしまいました。

先方はSheffieldに住んでいたLynda Robertsさんで、小学校教師を目指して勉強中でした。結局のところ、例文を5回以上に分けて、数百あった全部を書いて送って読んでもらいました。相手が読める字を書くのは大変でスペースも食います。途中からは兄のタイプライターを借りて打ちました。そして読んでもらったものを同じように寝る前に繰り返し聞いて、丸暗記しました。それでずいぶん力がついたように思いました、自分が言うのもなんですが。ただ、英語を聞くと眠るという癖もついたように思います。

文通はその後も間歇的ながら長く続き、先方は無事に小学校の教師となり、結婚するとの、近況を知らせる長い手紙が来ました。こちらは大学3年頃でしたが、祝電とお祝いメッセージを録音したテープなどを送ったと記憶します。

それからまた4年後ぐらいに、Lynda Hughes婦人の長い手紙が来ました。こちらは私が仙台に赴任直後で、前の宛先住所から転送されてきました。手紙には、ついに親の家から独立し家を買うことや、テープを送ってないのを気にしていたが、旦那さんのGeoffの協力でやっとテープを作り別送したなどです。

そのテープを期待してしばらく待ちましたが届きません。調べると郵便局の転送期限が過ぎたためとわかり、結局行方不明でどうにもなりませんでした。残念無念でしたが記憶にあるのはそこまでです。最近SNSなどで先方の所在をさがしてみましたが今までのところ見当たりません。

ところで当時の自分の英語の勉強について考えてみれば、会話学校とか、まして留学など到底あり得ない貧乏な環境です。しかし「貧すれば鈍する」とはならないようトライした結果、よい機会に恵まれたと思います。「窮すれば通ず」で先方には今でも感謝。何事も、とにかく挑戦してみるに限りますね。

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ゐなか者 来ないフライト 待ちぼうけ?

いろはかるたの中程にある「ゐ」を使ってみました。それほど古くはないですが、年寄の自慢話の類に属します。1984年3月、30代の時です。お客様の現場をたくさん経験し、私は挑戦意欲満々。一介のSEなのに、プロジェクトの隙間でSE用のシステム開発ガイドを作りたくなりました。思い切って役員に上申したら承認されて予算がつき、半年ほどそれに没頭しました。この話はその時に強く認識した教訓です。

成果がまとまってきて、米国社内のエキスパートとのすり合わせを命じられました。エキスパートの方々の人選は、ダメ元で研究所(脚注*1)に出向いて、そこのマネジャーに快く助けてもらいました。紹介された人達は皆、後で斯界のリーダーとなられた方々で、的確な人選に今でも感謝しています。事前に電話、社内便、当時の社内eメールなどでやりとりした後、先方3名とそれぞれ面会し同意を得る形になりました。

次の図は汚いですが、自分用の日程表からその出張部分を切出したもの。クリックすると大きくなります。

出来事は16日のポケプシーで起きました。

行きの飛行機は小さなプロペラ機でびっくり。乗客は数名で操縦席が見えました。途中揺れまくるので、乗客の一人は「この古い飛行機を落ちるまで使うんだね」との冗談も。

ともあれポケプシーに到着。目的の建物をやっと探し出し、半日の打合せは無事に終了。その帰りです。雪が降りしきる小さな空港で20時のフライトを待ちましたが、それはなかなか飛んで来ません。1時間過ぎても来ないのです。他に旅客が誰もいないので心配になりました。公衆電話から航空会社に電話したら、なんと「フライトはキャンセルの予定ですが・・」。え?

「搭乗券は往復発行されたのに冗談でしょ、凍えそうなのですぐ来て欲しい。今日中にNYに帰る方法が他にありません・・・」。先方は「機体整備が遅れているし搭乗客は1名。車ではダメですかね?」。こちらは「夜遅いのでそりゃ無理、何とかお願いしますよ」。必死の頼みに「お客様、どちらから?」「日本の田舎から一人で・・」とか、だんだん雑談になりました。

そのうちに相手もしかたがないと思ったのでしょうか。しばらくすると「今機体整備が終わったので向かう。1時間ほど待ってください。」やれやれです!コインを食べまくる電話の操作も大変でしたがこの際は仕方なし。1人だけのために空港は閉じられなかったのですが、暖房はとっくに消されて寒いのなんの。しかし電話してよかった!もし何もしないとどうなっていたか?待ちぼうけの結果キャンセルが表示され、ゐなか者が夜中に宿を探す羽目になったかと思うとぞっとします。

そんなことは色々ありましたが、そこでますます確信したLessonsがあるわけです。「ダメ元で挑戦する」ことがなければ、こんなに珍しく、また本当は楽しい仕事の経験はできなかったでしょう、ということです。

ついでに古い資料ですが、日程表にたくさん挟んであった社内ITPS(国際テレックス処理システムだったか、忘れました)受信票の一例です。

発信者R.Taboryはワトソン研にいたソフトウェアの権威、一介のSEの求めに対し、気さくに迅速に応じてくれるのが凄いと思いました。ダメ元で挑戦してみるからこそ、初めて何らかの機会がやってくることを実感したのでした。

世の中は余裕も隙もない現代へと向かってきたように見えます。こういう恵まれた環境は今や多分どこにもないでしょう。しかし、ダメ元でやってみるという勇気は、物事を前に進めたりカベを打破したり、場合により苦境から立ち直るチャンスを作ることは確かです。今個人事業を始めて15年、好きなことを楽しみながら苦労を重ねていますが、この教訓がどこでも役立つことをしばしば確かめてきた次第です。

注*1: Japan Science Institueで東京基礎研究所の前身。当時千代田区三番町にあった。 Laszlo Beladyはそこのマネジャー。略称Les Beladyさんは世界中で長らくご活躍され、その後も何度かたいへんお世話になりました。

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財布を家に忘れて来た!

「嫌な失敗はさっさと忘れ去る、そのためには思い出さないこと」を長年実践していました。ところが失敗録を書こうということで、ついに思い出してしまいました^^; ある日お客様とのある周年祝賀会がありました。遠い昔のことかと思いましたがなんと僅か4年前、2017年11月のことでした。

午後に大学で講義をした後、時間があったのでいったん帰宅、着替えて出直したのが間違いの元でした。まずいことは重なるもので、電車が珍しく30分も遅延。会場至近の有楽町駅に着いたら開宴時間が間もなくです。改札を出る時に財布を家に忘れたのに気づきました。クレジットカードもそれに入れてあるわけで、「アッ」と思っても後の祭りでした(汗)。

遅刻できませんから会場へタクシーで急ぎたいのですが、小銭入れにも数百円しかありません。「二次会もありそうだしこれはたいへんだ!!」とっさに考えたのは「とにかく会場に着けば知人に借りられるだろう・・・、とりあえずはSUICAにチャージしたばかりだ、1万円ぐらい入ってる!」と。早速窓口へ行くと「SUICA残高から換金はできません!」とのこと。ありゃ、そうか(さらに汗)。

近くにいた駅員さんを捕まえて訳を話すと「お勧めはできませんが、例えば大阪行き乗車券を買って行き先変更すると・・・」??アッそうか!すぐ大阪行き切符を購入し、東京への行先変更をしました。手数料はかかりましたがなんとか現金をゲット。

駅から走ってタクシーをやっと捕まえ、開宴間近の会場へたどり着きました。着いた時は大汗でしたが、無事知人にお金を借りることができました。もちろん翌日の返金振込先もお聞きして。きわどいところをとても助かりました!!

なにせお客様多数のトップが来られ、来賓も多数。記念撮影もあり、特設の二次会もあったのでした。一歩間違えたら大変なことになったなあと考えると、今でもゾッとします。何食わぬ顔で出させていただき楽しみましたが、大いに反省をしたことでした。

それ以来、「移動時間には余裕を十分とる」ように心がけていますし、持ち歩く鞄や小銭入れに札も忍ばせることに。

とはいうものの、このところ外出自粛が長く続いているので、そういう準備の出番がありません。自粛期間が早く明けて欲しいものです。

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このブログをまとめた教訓集などの紹介

このブログへの投稿記事がとりまとめられ、推敲が施された内容が次のキンドル書籍にまとめられAmazonから販売されています。これは2020年5月に出された第2版です。

次がこの研究会の最初の出版となった、日経BP社の次の書籍「パーソナルPM」の現在の増補改訂版です。

また、実践を簡潔にまとめたキンドル書籍が次のものです。

以上、ブログ読者への簡単なご紹介まで。

失敗録を始めよう!

メンバーの中嶋秀隆さんから「失敗録を書いてみようではないか」という提案がありました(2月15日第139回会合)。「失敗をした時はとても深刻な場合もある。しかし乗り越えて来れたわけで、後になれば客観視もでき易い。例えば20年も経てば逆に人生の糧と感じることもある・・・」。

なるほど、失敗録は人にも組織にも役立ちそうですね。参加者の皆さんも、「失敗を気にし過ぎたり挑戦を避けたりが蔓延する今だから、若い人達にも役立ちそう」、「失敗録は人に貢献できるばかりか、パーソナルPMの発展にも有意義ではないか」などと大いに賛同。まずは試しに始めてみることにします。

ところが・・

いざ何か披露しようと私が考えても、実はなかなか思い出せません。それもその筈、「嫌な失敗は思い出さずに、さっさと忘れて前を向こう。その時の教訓だけを記録して生かせばいいのだから・・。忘れるには一切思い出さない」主義を長年実行してきたからなのです^^; 数々の失敗を努めて忘れてきたとはいえ、今回「是非やろう」と大賛成した手前、何か探さなくてはいけません。。。

20年ぐらい前の記録を調べていたら、やっと一つ思い出しました!2002年に某国際会議の組織委員長としての挨拶の準備をしました。視力が悪くともチラ見ができるよう、大きめの用紙に大きな英宇で箇条書きメモを作りました。1度だけ練習して「これなら大丈夫」という思い込みをしました。

シンガポールの会場は冷房が効き立派でした。最初に登壇してビックリ。壇上には手元照明がありません!それどころか話が始まると照明が次第に落ちるしかけ。メモは見えない、まずいなあ;;;(←冷や汗です)。しかし満員の聴衆を前にもう後の祭り。仕方がない・・と腹を括って即席で開始。気の利く話を入れるつもりが思い出せない^^; 予定より少し早く何とか降壇。今や何を喋ったか思い出せませんが、短くしてよかったなあ^^;と胸をなでおろしながら座席に戻り、快適な冷房の中で再び冷汗タラタラでした。今考えてもゾッとします。

それ以後、大事な会議の際はメモとともに小さな懐中電灯をポケットに忍ばせることにしました。尤も社内の国際会議では左右か壇の先端にプロンプターがあったりスライドを使ったりするのが多かったのですが、ある時その小さな灯りで助かったことがあります。とても救われた感じでした。そして私の最大の進歩は、あの時以後は事前練習を絶対やるようにしたことです。聴衆の立場を考えれば当然のことなのですが。

失敗は過ぎ去ればその後の人生の栄養になる。

後で講義を長年楽しんで行なうようになったのもそのおかげだと思います。とはいっても、過去にはこんなに生易しい失敗ではなく、もっとひどく落ち込んだのも沢山あったように思います。まずは最初に思い出したのを書かせていただきました。

今や、「失敗を思い出すな」という人への勧めとは逆に、失敗をなんとか思い出そうと考えています^^;

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マルチステージの時代に

寿命の伸びは世界各国で顕著です。この60年ほどを見れば次のグラフのようになっています。日本では1947年から詳しい統計がとられていますし、欧州各国では19世紀半ば、または1920年代から作成されてきたのに驚きます。公開されている“Human mortality database”に蓄積された38か国のデータの中で、上昇傾向以外の複雑な動きはロシアだけで他に例外はみあたりません。(図が見づらい時はクリックしてご覧ください。)

例えば2007年に生まれた人の平均寿命は軽く100歳を超えるとの予測がされています(注1)。ところが先進国の人口ピラミッドは次のような形で、高齢者をささえる若年層が不足しています。改善の努力が先進国で行なわれてきましたが、ご承知のとおり日本は先細りが直っていません。ここに示しませんが、例えばインドやマレーシアでは各国の寺院の屋根のような形、アフリカ諸国では下辺の広いピラミッドです。(図が見づらい時はクリックしてご覧ください。)

若年層が少ないと平均寿命に影響するのかちょっと気になりますし、イスラエルの人口構成がきちんとしているのにも驚きます。少し脱線しますが、疑問を解くため年齢別の死亡率を調べたところ、高齢層と若年層では桁違いの差があり平均寿命に殆ど影響しないことが分りましたので更新しておきます。下の図は日本とイスラエルの比較です。

要するに平均寿命は純粋に伸びています(米英等で最近になって横ばい気味なのが気にはなりますがきっと原因があるでしょう)。仕事時代より退職後が長くなっているでしょうし、それを支える長い「年金生活」という発想は成り立ちにくくなるでしょう。

人生が1)学び、2)勤め、3)隠居の3ステージから成るという過去の観念は捨てる必要があるでしょう。ステージが混じり繰返すような「マルチステージ」(注1)の人生が増えるというわけです。日本では15歳未満と65歳以上が被扶養層と定義されていますが、70歳、さらに80歳まで仕事をするのが常識となるかもしれませんし、年齢だけでの差別はなくしていくべきと思えます。

最近のパーソナルPMコミュニティの会合で、メンバーの徳永光彦さんがマルチステージを取り上げられたのに触発され、筆者を含め多くのメンバーが現代の人生におけるその重要性に改めてフォーカスしています。一人では気づきにくいことも皆と検討すると気づくことの典型でしょう。

若手メンバーの柳沢大高さんは、スキル修得に関する執拗な研究成果の一端を、一般向け書籍として書かれています。8月23日に発行されることになりました。マルチステージへ向けた「学び」へ正面から向き合うための格好の書となることを期待しています。

改めて身近な人たちを見回せば、マルチステージを実践している人は既にたくさん居るのに気づきます。皆様の周囲にもおられるでしょうし、考えてみれば筆者もその仲間です。それが続けられるためには健康が第一ですし、自分で考えるミッション(目的の構造化)、柔軟な思考や新しいことを受容れる姿勢などがますます大事になると思います。

パーソナルPMコミュニティでは2018年10月14日(日)の午後、「パーソナルPMシンポジウム2018」(参加無料)を都内で主催することとなりました(満席となりお申し込みを締め切らせて頂きました)。

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その中で徳永さんのマルチステージ実践に基づく発表も予定されています。投稿が長くなり過ぎるため、「パーソナルPMシンポジウム2018」については後ほど別投稿としてご案内したいと思います。パーソナルPMに少しでもご興味をお持ちになられたら、どなたでも気楽にご参加いただけるようお待ちしています(すでに満席となりお申し込みを締め切らせて頂きました)。

(注1)Lynda Gratton & Andrew Scott, The 100 year Life,2016. 池村千秋訳、ライフシフト、東洋経済新報社、2016.

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目的があることは希望があるということ

思いがけない苦難に遭遇して意気消沈するといったことは、誰にも起こり得ることです。そういう場合に、早く前向きに立ち戻れるかどうかは、本人に何らかの希望や目的があるかどうかに左右されると思います。多くの先達もそのことについて言及されています(注1)。

その「希望」という言葉からもし宗教における解釈を外すなら、精神的な期待を指しているかと思います。苦境にあっても、もし何か一つでも目的を持っている場合なら、希望につながることは確かではないでしょうか。

筆者は、複数の大学院でPM講義を長年担当し、全受講者に毎回レビューシートを出してもらってきました。数は2万枚に達しますが、早い時点で気づいたことがあります。設問してみて分かったことなのですが、何らかの明確な目的を持っている人達は授業に前向きで生き生きして見えることです。逆にそうでない人達は、自分自身の現時点での目的がはっきりしていないという点です。

プロジェクトは「目標」を達成するための活動で、その集まりといえる「プログラム」はその上位に位置付けられる「目的」を達成しようとする活動です。言い換えれば大きく長いプロジェクトがプログラムであるともいえます。目的の上にはさら種々の上位目的があるわけで、例えば次の図で表せます。この構造は組織でも個人でも同じことです。

行為は目的を達成する手段で、目的はさらに上位の目的を達成する手段です。行為と目的の連鎖という概念は古今東西に見られます。例えばアリストテレスは「キーネーシス」(注2)と言い、道元は「俗世の行為は目的を目指す手段で目的は上位目的のための手段」(注3)と言い、そういう連鎖を断ち今に打ち込む概念をそれぞれ「エネルゲイア」、「座禅」としています。

とはいいながら、例えば道元が感銘した老典座(料理人)の無心の行為(注4)にも「長の務めを果たす」という明確な目的が筆者には感じられてしまいますが、どうでしょうか。現実の人生(つまり俗世)で明確な目的を目指すことの大切さは、幾多の著名人が述べているとおりだと思います。

例えばJ. F. ケネディは「目指す目的がないと努力も勇気も出せない」(注5)と言い、ダライ・ラマ14世は「人生で重要なことは目的をもつことだ」(注6)と言いました。ジョージ・ハラス(フットボール界リーダー)が「大勢が人生でもがく理由は、目指して活動すべき目的/目標がないから」(注7)と述べたのも納得できる名言だと思います。

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注1:川越厚、人間は最期の瞬間まで希望を持ちながら生きることができる、日経ビジネス2018年2月12日号「有訓無訓」、他にVictor Frankl, Man’s Search for Meaning, 1946.など.

注2:アリストテレス著・高田三郎訳、ニコマス倫理学、岩波文庫.

注3:道元著、正法眼蔵(しょうぼうげんぞう).解説本に 頼住光子、正法眼蔵入門、角川ソフィア文庫、2005.  頼住光子、道元 ─ 自己・時間・世界 はどの よう に成立 するのか、NHK出版、2005.

注4:道元、典座教訓.解説本に 藤井宗哲 訳・解説、典座教訓-禅の食事と心、角川学芸出版、2013.道元著中村璋八・ 石川力山 ・中村信訳、典座教訓・赴粥飯法、講談社学術文庫、1991.

注5:”Efforts and courage are not enough without purpose and direction.”-John F. Kennedy

注6:”The important thing is that men should have a purpose in life. It should be something useful, something good.”-Dalai Lama

注7:Many people flounder about in life because they do not have a purpose, an objective toward which to work.-George Halas

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万聞は百見に如かず

パーソナルPMコミュニティの会合は、2017年7月に第100回に達しました。ネットでのやり取りも有益ですが、顔を合わせた意見交換には新しい気づきがあるものです。「百聞は一見に如かず」に単純な掛け算をすれば「万聞は百見に如かず」です。(掛け算に意味があるかどうかはさておき^^;)

第100回会合に合わせ、田中史朗さんのリーダーシップと谷島宣之さんのご指導により、そこまでのLessons Learnedの文章が推敲され、読みやすい書籍としてまとめられアマゾンKindle版で出版されました。「田中史朗編著パーソナルプロジェクトマネジメント教訓集」です。PCでもスマホでも、全体を通じて読まれたい方、手元に置かれたい方はぜひご覧ください。

パーソナルPMに関して今年出版された主な書籍は次の4種類です(画像をクリックすると拡大します)。全体が書かれているのは日経BP社の「パーソナルプロジェクトマネジメント増補改訂版」です。どれも「パーソナルプロジェクトマネジメント」でアマゾンをご検索いただくと表示されます。是非ご覧ください。何事も継続は力ですし、やりぬく力を発揮してこそ貢献が産めます。今後も皆様に役立つ発信を目指しています。

100回を記念しメンバーは七夕の会食を楽しみました。そして世話役みたいな筆者にメンバー有志の皆様から、素晴しい記念品を頂きましたことをご報告します。7月7日にちなむ7万円の立派なダイソン卓上LED照明で、筆者の脇机を明るく照らしてくれています。ありがとうございます。以上、ご報告と御礼に代えて。

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目的はいつも複数持つ

単純ですが、これは大事なことだと思います。今までこのLL集のどこにも書かれていないことに気づきましたので慌てて追加します。

1つだけの目標へと邁進するのが良いかのように書かれている自己啓発書籍は複数あります。ところが、その一つの目標をめがけて全てがうまく行っておればよいのですが、つまずいたり壁に当たったり、何らかの失敗や不遇はあるものです。

目標がひとつだけですとその際に心が折れやすく、立ち直り難くなります。目標を複数持っていれば、そういう場合に気持ちを入れ替えることができ、立ち直るのが容易になります。

困ったとき何度もそれに助けられてきているのですが、恐らくどなたも多かれ少なかれご経験をされ、思い当たることがあるのではないでしょうか。一つの目標だけに固執するのが間違いになることも多くあります(さらにご興味のある方はJohn Krumboltzの研究成果による著書をご参照)。

組織でも個人でも一般的に、目標(Objectives)の上には目的(Goals)があるべきで、その目的へ向かって目標が複数設定される形が普通でしょう。つまり目標の上の目的がしっかりしていることは重要です。ただ、目標と目的は相対的な位置づけですから、とどのつまりは目的を複数持つのが良いということに行き着きます。さらに、ここでは目標と目的だけ書いて言いますが、より上位のビジョンがしっかりしていることも大切なことだと思います。

上位の目的がしっかりしているのなら、それを目指す目標の一つや二つで失敗したからといって、ひどくは落ち込まないものです。逆に、失敗や不遇の経験がないことこそひどく落ち込む原因でしょう。そういう経験が豊富なら多少の事には負けませんし、偶然や失敗が次へのチャンスへとつながることもあるでしょう。

1つの目標だけに執着せず、柔軟な対応ができるためには、結局は「目的・目標の構造」を意識することが大事だと思います。このあたりは電子書籍「実践パーソナルプロジェクトマネジメント」に書かせていただきました。偶然の出来事や失敗は常にあるものですが、目的をめがけていることこそ、その偶然や失敗が好機となる源だと思います。

当たり前のことかもしれませんが、自分で忘れないためにも書かせていただきました。何かのご参考になれば幸いです。

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錯覚に陥らないためには?

モダンPMは世界の実践にもとづいて形成されてきている形式知です。そこが仮説や成功哲学などとは対照的であると思います。最近はプロジェクト、プロジェクトポートフォリオに続いて、プログラム、EVMとWBSも国際規格化がおこなわれつつあります。規格やデファクト標準では非常に多くの実践者による点検が加えられているので、属人的仮説でないことは確かで、誰かの成功経験や、一人の限られたプロジェクト経験とは異なるわけです。

著名人が自分の経験に基づいて勧めることや、一面の真理だけを取り上げた仮説などに含まれがちな暗黙の前提条件や、場合によっては矛盾に気づかれた人も多いことでしょう。コンサルティングや報道などでも、主張したい仮説について実例で示すケースがありますが、主張に都合のよい例だけが取り上げられることは多いものです。

筆者はその昔ヘビースモーカだったので、たしか「紫煙」とかいう定期刊行物が送られてきていたと思います。そこに大量のデータで喫煙者と非喫煙者の罹患率を比較し「喫煙者は健康」というような説明の記事があったと思います。本当はどちらが原因でどちらが結果かわからないわけで、大量データというだけで錯覚をしてしまいがちです。

そのようなわけで、仮説+実例だけが示され、論理的に説明されていないものは腑に落ちないことがしばしばあるものです。大成功者が見出した法則がもし360度正しい必要十分条件であるのならば、そうやれば読者も成功するでしょう。

ではパーソナルPMはどうなのかといえば、実践の知恵といえども主張如何でそういうケースに陥る恐れを感じないわけではありません。フレームワークの活動の第1番目に掲げられている「A.モダンPMの積極的な学習」は、他山の石を反映した戒めともいうべきものです。ここに書いたような背景でたどり着いた、パーソナルPMの座標軸というわけです。

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