月別アーカイブ: 6月 2015

不心得な了見

日本語で出版されている本のなかには、英語からの翻訳が相当数あり、日本の読者に大きなインパクトをもたらしています。私も、『老人と海』(ヘミングウェイ)、『エリアス随筆』(ラム)といった文学書から、『ビジョナリー・カンパニー』(コリンズ)、『最後の授業』(ランディ・パウシュ)などの経営書まで、翻訳書の恩恵に浴しています。翻訳者諸氏には、衷心より感謝を申し上げます。
最近でも、『老人と海』の福田恒存氏や『最後の授業』の矢羽野薫訳の名訳に舌を巻いています。具体的には、次のようなくだりです。

“Everything about him was old except his eyes and they were the same color as the sea and were cheerful and undefeated.”
「この男に関するかぎり、なにもかも古かった。ただ眼だけがちがう。それは海とおなじ色をたたえ、不屈な生気をみなぎらせていた。」(『老人と海』福田恒存訳)

“The brick walls are there for a reason. They’re not there to keep us out. The brick walls are there to give us a chance to show how badly we want something.”
「レンガの壁がそこあるのには理由がある。僕たちの行く手を阻むためにあるのではない。その壁の向こうにある「何か」を自分がどれほど真剣に望んでいるか、証明するチャンスを与えているのだ。」(『最後の授業』矢羽野薫訳)

『老人と海』の福田訳に注目しましょう。原文の ”except his eyes” という説明句を、「ただ眼だけがちがう」と、独立した1文にしています。これはすごいと思います。もしここを、われわれが学校で教わったとおり「眼をのぞいて…」とやったのでは、福田訳のような強烈なアピールは望めなかったのではないでしょうか。
『最後の授業』の矢羽野訳でも、原文の ” something” に言葉を補足して、“その壁の向こうにある「何か」”としています。さらに、”a chance to show” を「見せるチャンス」という平板な表現にせず、「証明するチャンス」としています。2つの工夫で、原文の真意が見事に浮き彫りにされています。
私事であすが、英語から訳された本を読む際、重要なところには傍線や下線を引いたり、マーカーでハイライトしたりします。が、それとは別に、気になった訳語に波線を付し、欄外に「Eng」とか「レ」など書きつけます。機会があれば原書の英文をチェックしてみたいという印です。翻訳者の努力の跡を偲んでみようという意図もあります。
翻訳の世界では、「10人の翻訳者がいれば、10種類の訳文がある」といいます。(経済学の世界では、「10人の経済学者がいれば、経済政策は11ある」というそうです。)そこで、ある著名な日本人翻訳者がエッセーで説いていることを思い出しました。「翻訳本の日本語にいぶかしく思うところがあっても、原書の原文にあたってみようなどという『不心得な了見』は起こさないように」
しかし今やアマゾンなら、原著を2-3日で入手できるようになりました。そして、波線を付した日本語訳の該当部分を原著で探し当て、翻訳者の苦労を追体験するのは、思いがけず、楽しい作業であることに気づきました。かくして、この「不心得な了見」は、今後も私の読書のある位置を占め続けるでしょう。
教訓:「不心得な了見」は楽しいです。

適度な図々しさ

九州出張を機に大分県中津を訪れました。プロジェクトマネジメントの関係者に中津出身の方が2人おられますが、同地には福沢諭吉の「独立自尊」という言葉を大書した碑が立っています。お2人とも幼少期に、毎日その碑を見て育ち、少なからぬ影響を受けている、と聞いていたからです。
JR中津駅に降り立つと、真正面に福沢の銅像が佇立しています。さっそく、福沢の旧居に行ってみました。旧居のすぐ脇に稲荷があります。少年の福沢が、いたずら心から、神体を開けて中の石を別の石ころと入れ替えておいたときのことです。初午なって、周りの人がのぼりを立て、太鼓をたたき、お神酒をあげて拝んでいます。それを見た福沢が「ばかめ」と1人嬉しがっていた、という場所です(『福翁自伝』)。
反対側に記念館が併設されていて、福沢ゆかりの展示物が多く見られます。その中の1つ「願書」に目を奪われました。当時、大坂の適塾に留学していた福沢は、チフスに罹って中津に一時帰郷しています。再度大坂に出かける際、中津藩庁に留学の願書を提出しました。その中で、目的を「砲術」の修行に出かけると書いています。適塾の緒方洪庵は医者であるにもかかわらず、です。展示の説明では、「蘭学」のための留学は当時の中津で前例がなく、認められなかったからだとのことです。ここで、もし福沢が「蘭学」の勉学のためと生真面目に書き、その結果、留学を拒否されていとしたら、『学問のすすめ』をはじめとする、福沢の啓蒙活動は、かくも広汎・多大な影響力を持ったなかったことでしょう。
積極性とは「適度な図々しさ」のことかもしれません。福沢が「砲術」の修行と申請したのも、福沢の「適度な図々しさ」の発露であったのではないでしょうか。
教訓:積極性とは「適度な図々しさ」のことかもしれません。

「スケジュール 可視化で気づく 期限まで」

To-doリストで懸案事項、課題などを管理しているのに、ふと気づいたら補助金の申請期限を過ぎていて、これが受注条件になっていたので失注してしまったといったような経験はありませんか? あるいは、期限前に書類作成に着手はしたのだが、着手時点で作業量が多いことに気づいて、結局2日連続で徹夜して仕上げることになり、チームメンバから大ひんしゅくをかったといったような経験はありませんか?

研修でTo-doリストを作ってやることで漏れなく課題管理が出来ると教えられたのに、これでは意味がなく、従来と変わらないではないかと思ってしまったかもしれません。

To-doリストはよくできたツールですが、よくある書式では、日限まであと何日残っているのかとか、どれくらいの作業量(何日程度の作業量)があるかを一目でわかるのは難しいところがあります。一覧に日限や見込み作業時間数が書かれていても、作業項目が増えてくるにしたがって、各作業項目をどういった順番で実施していけば、個々の日限までに終えられるかといった全体を把握するのがTo-doリストだけでは難しいところがあります。

そこで作業項目が増えてきたら(たとえば、10件を超えてきたら)、ガントチャートに代表されるスケジュール表を作成することをお勧めします。これにより、自分の抱えている作業全体が見えるようになり、個々の作業項目の日限が時間軸で分かるようになります。また、作業量もバーの長さから類推でき、着手遅れを防ぐことが可能となります。To-doリストはやっているが、スケジュール表までは作成はしていないという方で、冒頭のような失敗事例をお持ちの方は検討して頂ければと思います。

ただ、個人差もありますが、あまりに見えるようになったために、各作業が軒並み遅れているのが見えてしまい、逆に心の負担となり気分が落ち込んでしまった方も過去におられるので、利用の際は自分の性格も踏まえて実施されることをお勧めします。心労となっては元も子もありませんので。

(c)2015 Fumiaki Tanaka All rights reserved.

 

禁煙プロジェクト -気持ちいいから続けられる-

タバコを吸わない方にはなかなかお分かりにならないと思いますが、多くの喫煙者は今、以下のような葛藤の中で暮らしていると思います(私もそうでした)。

(喫煙しながら)「値上がりしたし、今後も値段は上がる一方だし、小遣いきついなぁ・・・」

「最近は吸わない人の方が多いから、外で吸える場所を探すのも大変だし、飲みに行っても肩身が狭いんだよなぁ・・・」

「健康にも悪いと言われてるし、ベランダで吸ってても妻や子どもから『ベランダがタバコ臭い』と怒られるし、いっそ禁煙しようかなぁ・・・」

「いや・・・待てよ・・・タバコなくして、俺は毎日のストレス、あんなことやこんなことに果たして耐えられるのか?」

「まぁ、タバコは、一人でいたくなった時に『一本吸ってくる』と言うための小道具でもあるし、喫煙所でのコミュニケーションも意味あるし、悪いことばかりじゃないよな・・・」

「喫煙して病気になるかどうかは時の運だしな。俺は病気にならないかもしれないし・・・そうだ!だいたい、妻も子どもも“臭い”とかじゃなくて、俺の健康を心配すべきなんだ!」

「色々と考えてたら疲れたわ・・・もう一本吸おう」(→最初に戻る)

そして、この葛藤で“禁煙しよう”という気持ちが勝利することが稀にあり、その時、人は禁煙に挑戦するのでしょう。自分も例外ではないのですが、私の場合、その挑戦にことごとく失敗してきました。

1.最初の失敗:ニコチンガムとニコチンパッチ(だけ)

俗に言う“ニコチン置換療法”です。何もないよりましなのですが、どうしても喫煙と同じレベルでの満足感が味わえない・・・調べてみると「喫煙は静脈注射並みのスピード、約7秒でニコチンを脳に届ける」とのこと。消化器経由や皮膚経由では効きが遅すぎ、かつピーク値も低いからであろうと納得するも、後はひたすら我慢の日々。その内、仕事の能率にも支障が出始め、“禁煙うつ”的な状態に陥り、「一本だけなら・・・」とタバコを手に取ったら、あっという間に元通りの喫煙者になりました・・・

2.二回目の失敗:禁煙補助薬(だけ)

禁煙補助薬としてチャンピックスが保険適用になったと聞いて、「これで私もタバコを止めれるかも」と“お医者さんと禁煙”し始めました。確かにこの薬はすごいのです・・・薬さえ飲んでいたら、タバコを吸わなくても、ほとんどニコチンへの渇望を感じません。

無事に3ヶ月間の服用期間を終え、お医者さんから「禁煙成功しましたね!」と言われてからが本当のヤマでした・・・タバコを吸う代わりに間食してしまうのです。体重は見る見る内に増えて肥満になり、健康診断の数値も禁煙前より悪化し、タバコの代わりにお菓子を買ってしまうので小遣いにも余裕ができず、「何のために禁煙したんだろ、俺・・・」という気持ちが強くなっていきました。そして非常にストレスフルな出来事があったある日、「一本だけなら・・・」とタバコを手に取ると、再度、喫煙者に逆戻りでした・・・

3.三度目の正直:禁煙補助薬+習慣の入れ替え

「禁煙成功したのね!」と喜んでいた妻や子どもから“意志が弱い人”という冷たい視線を浴び、「また失敗したら恥ずかしすぎる」と、三度目の挑戦に対してはかなりの及び腰でした。二度目の失敗から3年間に渡って吸い続けた後、葛藤の中で再度“禁煙”が勝利することがあり、三度目の挑戦をすることにしました。但し今回は、ニコチンガムやニコチンパッチ、禁煙補助薬に頼り切るようなことはせず、“タバコがなぜ止めにくいのか”敵のことを研究した上で、パーソナルプロジェクトらしく実践することにしました。

調べてみると喫煙習慣は、βエンドルフィンやドーパミン、セロトニンといった、多幸感や達成感、安心感を司る脳内ホルモンが“ニコチンによって過剰に分泌される”中毒症状であることが分かりました。そして、そういった脳内ホルモンは禁煙補助薬でも食事でも分泌されるので、二回目の失敗において、私自身は意識できていませんでしたが、

「イライラする→タバコを吸う→脳内ホルモンが分泌される→スッキリする」

→「禁煙補助薬を飲む→脳内ホルモンが分泌される→そもそもイライラしない」

→「イライラする→間食する→脳内ホルモンが分泌される→スッキリする」

という当然の経過を辿っていたことに気付きました。

他方、一回目の失敗では、ニコチンガムやニコチンパッチで緩和されてはいたものの、

「イライラする→タバコを吸う→脳内ホルモンが分泌される→スッキリする」

→「イライラする→タバコを吸えない→脳内ホルモンが分泌されない→スッキリしない」

という、これまた当然の我慢をしていたのです。

この解決策として、友人が紹介してくれた「習慣の力」という本がとても役に立ちました。この本には、「無意識下で回っている『きっかけ→習慣→報酬』のサイクルにおいて、あるきっかけをトリガーに報酬を求めること自体は変えられないが、習慣だけを入れ替えることによって、このサイクルが人生にもたらす影響を変えることができる」といった主旨のことが書かれていました。また、別の文献を調べると、運動することによっても同種の脳内ホルモンが分泌されることが分かりました。

そこで今回は、フェーズ1として、禁煙補助薬を服用してまずは喫煙習慣だけ止めた後、

「イライラする→間食する→脳内ホルモンが分泌される→スッキリする」

⇒肥満&不健康&浪費

ではなく、フェーズ2として、

「運動する→脳内ホルモンが分泌される→そもそもイライラしない」

⇒筋肉質&健康&貯金

を目指して、ランニングと筋トレの日課を設定、その実績をモニタリングすることにしました。

4.気持ちいいから続けられる

開始から一年近くが経ちましたが、今も全くストレスなく禁煙を続けることができています。それだけではなく、喫煙者であった時にタバコを渇望していたように、今では運動を渇望するようになりました。最近は、ランニングと筋トレだけでは飽き足らず、自転車通勤も始めています。タバコを止めたいから、健康にいいから、無理に自分を鼓舞して運動しているわけでも何でもなく、ただ気持ちいいから運動して、結果、タバコを吸いたいという気にさえならない、という変化が起きています。“脳内ホルモン分泌による快感への欲求”を充足させるための手段の違いだけであるにも関わらず、その手段の違いが自分の生活に与える影響の違いには非常に大きいものがあります。

この経験を通じて、「物事を成し遂げるために、我慢して、自分を律して、何かをする」ことよりも、「意図して自分の習慣をデザインし、プロセス自体気持ちいいから継続できて、結果として物事が達成される」ことの方が、成功する確率が高いのではないかと考えるようになりました。

たまたま禁煙をテーマに書いてきましたが、「プロセス自体を楽しめるかが重要」という点では、他の私事であっても、そして仕事であっても、変わりはないようにも思えます。喫煙者で「禁煙したい」と思っている方だけではなく、非喫煙者の方にも役立てていただけるとしたら、この拙文を書いた者として幸せに思います。

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